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科目別アドバイス(物理)

物理あれこれ4 高校物理の様々な工夫と困難

前回の記事では、「運動方程式を解き、どのような運動か調べる」ことが物理学の本来の道筋である、と書きました。正確にはこれは力学の場合にあてはまる話ですが、高校の物理には、その発想はほとんどありません。

例えば前回の記事では、単振動をすでに習っていることを前提に話をしましたが、高校では実際に、この単振動をどのように教えているでしょうか?

順序を逆転させた説明

単振動という用語は日本の学校教育に特有です。調和振動(harmonic oscillation)と呼ぶのが国際標準です。これは本来、物体の位置エネルギーが位置座標の2次関数で与えられる場合に起こる運動を指します。

この場合は、物体に働く力は物体の座標(位置エネルギー最小の位置を原点とします)に比例し、座標と反対の方向を向きます。つまり、「単振動は復元力が変位に比例する運動である」と言い換えることができます。

単振動において、復元力が変位に比例するということは、殆どの高校教科書に書いてあります。しかし丁寧に読むと、どの教科書もその順序では説明していません。今、私の手元に1冊の教科書がありますが、この書では最初に

  ・単振動とは等速円運動を一定の方向に射影した運動である

と説明(定義)されています。そして、復元力が変位に比例するという話は、単振動の特徴として、あとから出てきます。この定義は、次のような意味です。たとえば、糸車の円周上に一か所、目印をつけておいて一定の回転速度で回します(下図)。このとき、目印は等速円運動をします。これを横方向から平行光線によって壁に投影すると、目印の影は上下運動をします。この影の上下運動が単振動である、という定義です。

     

そして教科書では、等速円運動の位置ベクトルと加速度ベクトルを壁に射影することによって

  ・単振動の加速度ベクトルは、向きが変位と反対方向で、大きさが変位に比例する

ということを、計算を一切せずに図だけで説明していきます。教科書はこの段階ですでに等速円運動の説明を済ませており、等速円運動を起こす力は中心方向を向く引力である」こと、また「その大きさは半径に比例する」という、等速円運動の性質を利用します。教科書の説明は短すぎるので、以下にその説明を、私なりに再現してみましょう。

下の図は、糸車の目印と同じ等速円運動をする物体を示したものです。

     

等速円運動に関する知識から、物体に働く力のベクトルは、円の中心方向を向いていることがわかります。そして運動の法則により、力と加速度は比例しますので、物体の加速度(ベクトル)も、同じ方向を向きます。この加速度ベクトルを図に示しました。一方、物体のの位置座標は、角度 θ で半径を縦軸に射影した長さです(符号も含めます)。したがって影の加速度ベクトルは、物体の加速度ベクトルの射影になります(図の鉛直下方の矢印)。ここで再び運動の法則にしたがって、この鉛直方向の加速度に比例する力を単振動する物体に働く力とみなすと、この力は影の位置座標に比例します(符号は反対)。すなわち、

  ・単振動では、変位に比例した復元力が働く

ということが結論されます。

この説明は微分方程式を解かなくて済むように工夫されていますが、やや苦しいと言えるでしょう。まず、単振動が2次元の等速円運動を一定の方向に射影した1次元運動であることは、確かに単振動の重要な特徴ですが、これが本質であるとは言えません。また、この説明を一応納得したとしても、原因と結果が逆転しており、「変位に比例した復元力が働くときに等速円運動を射影した運動が起こる」ことを説明したわけではありません。

まじめに考えると分からなくなる

そして、まじめに勉強しようとしていた人々は、かなり頭が混乱しはじめていることでしょう。上に私は「単振動する物体に働く力」と書きましたが、ここでは単振動している物体など、登場していません。

   単振動しているのは影であり、物体ではない・・・ 影に働く力とは・・・ ?

さすがに「影に働く力」などとは、教科書には書いてありません。しかし、よく考えると、それに近い論理の飛躍です。さらにこの説明では、影もまた物体と同じ質量を持っていなければなりません・・・

このように感じる人々は、前提とされている等速円運動の説明を受けたときに、すでにかなり困惑したことでしょう。

微積分を持ち出さずに済ませるための工夫は、高校の物理では随所にあります。前回の記事の例題でも、運動方程式を解かずに、原点の位置をずらせば単振動に当てはまるということで、解答を成立させています。

このような「当てはめ学習」は良し悪しです。内容を理解しようとせず、「形式的に当てはまるかどうか」にしか関心を持たない学習習慣をつけてしまうことが多いからです。この例題の場合、原点の選び方は運動の本質とは関係ありません。「原点を錘の静止位置にとったためにこの問題が解けた」と思っていた人は、見事に騙されていたことになります。

騙されて先に進む力も・・・

このように、高校の物理では、数学的な難しさを回避するために色々な工夫がなされており、そのため却って、基本法則から現象までの一本の道筋が見えなくなりがちです。教科書の説明を読んで「はて、何をやっているのだろう・・・?」と思った人も多いでしょう。

しかし・・・  騙されていた、と書きましたが、「だましだまし」の工夫も教育者の力量であり、それに乗って先に進むのも、学習力の一つです。とりあえず快適に進めるのであれば、それで構わないでしょう。

そして・・・  騙されずに悩むことも、また人間力です。騙されなかったために、解らなくて悩んでいた人々は、物理が嫌いになってしまう場合が多いようですが、それはむしろ、適性のある人々です。そのような人々が多いことを、私は非常に勿体ないと思っています。人生の選択肢から除外する前に、一度、本来の方向で物理学を学んでみて下さい。

​そしてその上でですが、高校の物理の様々な工夫は、覚えておくと大変役に立ちます。物理学では、当てはめによって理解することも、様々な自然現象を統一的に眺める上で重要な方法です。良し悪しと言いましたが、この点は明らかに「良し」の部分と言えるでしょう。例えば良く知られている「振り子の等時性」なども、振り子の運動が近似的に単振動にあてはまっていることが、本質的なのです。

(続く)
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