言葉の重要性(1)
2年ほど前のことですが、テレビ番組で、RST(リーディング・スキル・テスト)という読解力調査のことを知りました。国立情報学研究所の新井紀子教授により進められたプロジェクトです。
調査で用いられた文章
新井氏はAI(人工知能)の専門家で、米国の番組「TED」にも登場し、素晴らしいプレゼンテーションをしておられました。RSTは中高生から社会人まで広い年齢層をカバーしており、その調査結果は
「日本人が日本語を正しく読めていない」
というものでした。以下は番組で紹介されていた例です:
例1
「メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが、その出身国を見ると、ドミニカ共和国が最も多く、およそ35%である」
設問は、ドミニカ出身の選手が「メジャーリーガーの28%の中の、さらにその35%である」ことを理解したかどうかで、正解者は中学生で12%、高校生で28%弱でした。
例2
「アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない」
設問は、
「セルロースは( )と形が違う」
という穴埋めを、4択で選ばせています。新聞社の論説委員から経産省の官僚までが、なぜか「デンプン」ではなく、「グルコース」を選んだそうです。
不適切なツイート
私は職場で30年も前から日常的に同様の経験をしていましたので、この調査結果にはそれほど驚きませんでした。
驚いたのは、「問題文が不適切である」とツイートする人々が目立ったことです。
とくに例2については、「解答が一意的に導かれない」と厳密な「論証」を試みる若手の大学の先生まで現れました。
読み違いは誰にでもあるので、自分にとって重要でない文章を読み違えても、さして気にする必要はありません。しかし、これらを注意深く読んでも正しく情報を読み取れないならば、率直に言って、少なくとも科学技術の世界では仕事ができないでしょう。科学技術に限らず、どの世界でも、責任ある立場で仕事をすることは難しいと予想します。
仕事上の文章は、正確さと同時に、簡潔さも要求されます。学生時代の教科書に始まり、私たちが日常的に読む文章が、上の例の問題文以上に明快であることは、まず望めません。例えば例2の文章は理科の教科書から採ったと思われますが、学校教科書の執筆には一流の研究者も加わっています。これで情報を正しく受け取れなければ、学習すらできません。
新井教授の分析と私の疑問
調査を行った新井教授は
「人々がAIと同様の読み方をしている」
「AIと同様の思考しかできない人は、AIが職場に進出すれば職を失う」
と警鐘を鳴らしておられました。
このコメントは、表現を和らげるためにAIを引き合いに出したのか・・・と考えてしまうくらい、内容的に厳しいものと言えます。
「〇〇と同様の読み方をしている」
「〇〇と同じ思考しか出来ない人は、近い将来仕事を失う」
〇〇に任意の不適切用語を入れても実質的に内容が変わりませんし、上の文脈で〇〇=AIでなければならない理由が、私には見当たりません。AIと同様な解答をしたからと言って、脳がAIと同様の働き方をしているとは限りませんし、そもそも私にはそれは不可能に思えます。単に人々の脳が〇〇になったと言っているのに等しいのではないでしょうか? そして、人々の脳がそのようになってしまったのなら、その原因が大いに気になります。
仮に人々の脳が結果的にAIと同様の働きをするに至ったとしても、AIの研究でその原因がわかるわけではないので、原因については、別途考えなければならないでしょう。
真の原因はどこに?
原因について新井氏は「スマホ検索により、人々がAIと同じ読み方をするようになったため」と指摘しておられます。
AIの文章読解は検索システムと同じアルゴリズムを使用しており、したがって 「調査中であるが、これは日本だけの問題ではないはず」と強調しておられました。
他の国々での調査結果を待ちたいところですが、その後ニュースの続報には接しておらず、私は今のところ、この意見には同意していません。
職場での私の観察では、この現象はスマホやPCが普及する以前から始まっていました。これには日本特有の原因があると感じています。
これについて、次回に考えて見たいと思います。
(続く)
調査で用いられた文章
新井氏はAI(人工知能)の専門家で、米国の番組「TED」にも登場し、素晴らしいプレゼンテーションをしておられました。RSTは中高生から社会人まで広い年齢層をカバーしており、その調査結果は
「日本人が日本語を正しく読めていない」
というものでした。以下は番組で紹介されていた例です:
例1
「メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが、その出身国を見ると、ドミニカ共和国が最も多く、およそ35%である」
設問は、ドミニカ出身の選手が「メジャーリーガーの28%の中の、さらにその35%である」ことを理解したかどうかで、正解者は中学生で12%、高校生で28%弱でした。
例2
「アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない」
設問は、
「セルロースは( )と形が違う」
という穴埋めを、4択で選ばせています。新聞社の論説委員から経産省の官僚までが、なぜか「デンプン」ではなく、「グルコース」を選んだそうです。
不適切なツイート
私は職場で30年も前から日常的に同様の経験をしていましたので、この調査結果にはそれほど驚きませんでした。
驚いたのは、「問題文が不適切である」とツイートする人々が目立ったことです。
とくに例2については、「解答が一意的に導かれない」と厳密な「論証」を試みる若手の大学の先生まで現れました。
読み違いは誰にでもあるので、自分にとって重要でない文章を読み違えても、さして気にする必要はありません。しかし、これらを注意深く読んでも正しく情報を読み取れないならば、率直に言って、少なくとも科学技術の世界では仕事ができないでしょう。科学技術に限らず、どの世界でも、責任ある立場で仕事をすることは難しいと予想します。
仕事上の文章は、正確さと同時に、簡潔さも要求されます。学生時代の教科書に始まり、私たちが日常的に読む文章が、上の例の問題文以上に明快であることは、まず望めません。例えば例2の文章は理科の教科書から採ったと思われますが、学校教科書の執筆には一流の研究者も加わっています。これで情報を正しく受け取れなければ、学習すらできません。
新井教授の分析と私の疑問
調査を行った新井教授は
「人々がAIと同様の読み方をしている」
「AIと同様の思考しかできない人は、AIが職場に進出すれば職を失う」
と警鐘を鳴らしておられました。
このコメントは、表現を和らげるためにAIを引き合いに出したのか・・・と考えてしまうくらい、内容的に厳しいものと言えます。
「〇〇と同様の読み方をしている」
「〇〇と同じ思考しか出来ない人は、近い将来仕事を失う」
〇〇に任意の不適切用語を入れても実質的に内容が変わりませんし、上の文脈で〇〇=AIでなければならない理由が、私には見当たりません。AIと同様な解答をしたからと言って、脳がAIと同様の働き方をしているとは限りませんし、そもそも私にはそれは不可能に思えます。単に人々の脳が〇〇になったと言っているのに等しいのではないでしょうか? そして、人々の脳がそのようになってしまったのなら、その原因が大いに気になります。
仮に人々の脳が結果的にAIと同様の働きをするに至ったとしても、AIの研究でその原因がわかるわけではないので、原因については、別途考えなければならないでしょう。
真の原因はどこに?
原因について新井氏は「スマホ検索により、人々がAIと同じ読み方をするようになったため」と指摘しておられます。
AIの文章読解は検索システムと同じアルゴリズムを使用しており、したがって 「調査中であるが、これは日本だけの問題ではないはず」と強調しておられました。
他の国々での調査結果を待ちたいところですが、その後ニュースの続報には接しておらず、私は今のところ、この意見には同意していません。
職場での私の観察では、この現象はスマホやPCが普及する以前から始まっていました。これには日本特有の原因があると感じています。
これについて、次回に考えて見たいと思います。
(続く)
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