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一般的な学習アドバイス

問題解決の能力は自分で解決した問題の数に比例する


「一般的な学習アドバイス」のカテゴリーの「勉強によって見つかる自分の適性」の記事では、理系科目の一般的な勉強方法について述べました。とくに

  1.定義と概念(背景)を良く理解する

  2.自分の力で基本問題を解く

  3.発展問題に挑戦する

という順序を踏むことを強調しましたが、1と2を自分の力で切り抜けた人々のために、3のステップについて、もう少し付け加えましょう。受験生の皆さんにとっては、ここが最大の関心事かもしれません。

どうしてもできない場合の対処法

3の「発展問題」は、要するに難しい問題と置き換えて良いでしょう。過去の大学入試の問題などには、相当の難問もあります。これも自分の力で解けるように、最大限の努力をして下さい。

そして、どうしてもできなければ、次は

  4.解答を参照し、理解に努める

  5.理解したら、何が本質的だったか確認する

  6.本を閉じ、何も見ずに解答を再現する

  7.もっと簡単な方法がないか考える(計算も含めて)

という順に進みます。


「どうしてもできない」というのを、何をもって判定するか・・・は微妙です。

「10分間考えて分からなければ、いくら考えてもわからないので、それ以上時間を費やすのは無駄である、答を見て解法を覚えなさい」などと教えている学習塾関係者が居ると聞きましたが、このようなやり方をしていると、理系の場合には、仮に入学試験を突破しても、入学後に極めて困難な状態に陥るでしょう。これについては、別のところに書くことにします。

私の個人的な体験で言えば、高校生の時代から現在に至るまで、10分以内で解決できた問題など、ほぼ皆無です。高校生の当時、数学などの「どうしてもできない問題」というのは、3日間ほどその問題ばかりを考えていた、というような場合でした(今では3日間で解決できたなら、幸運そのものです)。

多くは2日目まで粘ると、何とか自力で解決できたように思います。最初のうちは、とにかく粘って、自分なりに考え続けるしかありません。無から有を絞り出すような作業ですが、自分の知識を総動員し、「1」や「2」を繰り返しながら、色々な角度から考え直します。

そのようなことを続けて、基礎知識が体に馴染んでくると、次第に自分なりの取り組み方が出来るようになります。そして入学試験の問題であれば、かなりの難問でも、やがて半日ほどで・・・数時間ほどで・・・最終的には、長くても30分程度で、解答できるようになります。

それは解法を知ったからではなく(解法を知っている問題はもはや難問ではありませんので)、頭の使い方が分かってきたために、自然な考え方ができるようになるからです。とくに大学入試では、誰も出来ないほどの難問は出題されません(出題しても意味がありません)。また有力な大学は、解法だけを頭に詰め込んできた人々を歓迎しません。したがって、パターン化された問題を避け、きちんと勉強した人であれば30分以内で解答できる程度の、やや難しい問題を用意します。

やむを得ず解答を参照して「4」と「5」を終えたら、「6」では、必要な図や説明文を入れて、試験の答案のつもりで書くと良いでしょう。説明文を省略してはいけません。そして、解答を記憶して書いたのでは、意味がありません。常に頭のリセットボタンを押して、ゼロから考え直すようにして下さい。

そして忘れた頃に、日を改めてこれを何度もやってみることを勧めます。これは「科目別アドバイス」の数学のカテゴリーにも書いたfluency practice です。数学に限らず、自然な考え方を身に付ける最良の方法です。


文章に書く習慣をつける

「4」で解答を参照し、「わかった!」と思っても、「6」をやってみると、意外に出来ないものです。これが出来ないのは、「5」が出来ていないからです。そのような場合は、単なる模範解答だけでなく、背景となる基礎事項も含めて、核心部分の説明を、自分の言葉で書き出してみることを勧めます。

解ったつもりでいても、理解が曖昧なところは、言葉になりません。言葉に表そうとすれば、理解できていない部分が、自ずと鮮明になってきます。これは学業に限りませんが、自分が分からなかった箇所やその原因がピンポイントで浮き彫りになれば、それは半分以上、問題が解決されたことを意味します。もちろん、残り半分の努力を前提としてですが、努力すべき方向がはっきりしたことは、決定的な進歩です。

そして言葉は、誰が読んでも必ず理解できるように、平易に書かれていなければなりません。そのように書かれたものはまた、自分のノートとしても、大いに役に立つでしょう。一方、他人が読んでもわからないような文章は、後で自分で読み返しても分かりません。そのような文章になってしまった場合は、まだ解っていなかったということです。

成功は成功の母

「6」ができるようになったら、最後に「7」に進みます。これは、自力で問題が解けた場合でもやっておくべきことです。これは、「なぜできたのか」を確認しておく、と言い換えても良いでしょう。行き当たりばったりではなく、自然で必然的な道筋が見えて来なければいけません。

「失敗は成功の母」という諺がありますが、実際には「成功は成功の母」の方が現実に近いものです。失敗ばかり重ねていても、どうすれば自分はうまくできるのか、一向に分かりません。それに比較すると、「こうやったらうまく行った!」という過去の成功例は頼りになります。それを積み重ねてコツを掴んで行くのが、「学習」です。別の記事にも書いたように、これを繰り返すことによって、自分の適性も見えてきます

成功体験によって人は確実に成長します。独力で解決できた時は、これを足掛かりに問題解決能力をアップする重要な機会ですので、体験をきちんと定着させておきましょう。別の記事で私は「問題演習は量より質が重要である」と書きましたが、これはその一つです。勉強は「やりっぱなし」ではいけません。いつの場合も、最後のまとめが重要です。

新しい発展につなげる

やってみれば分かると思いますが、「7」と「5」は、実はあまり区別がありません。試行錯誤を重ねて辿り着いた解答は、十分に整理されていないものです。また、参考書や問題集の解答も、ベストとは限りません。実際にはアルバイトの学生が書いている場合なども多く、内容を整理すれば、より良い解答が見つかる可能性は大いにあります。たとえば 

  ◎ 遠回りな考え方をしていないか

  ◎ 無駄な計算をしていないか

などをまずチェックしてみると良いでしょう。

これは研究者の場合にも共通します。「できた!」と喜んでから、色々と検討を重ねた結果、さらに理解が深まり、論文は全く別の切り口で書かれたものになった、ということは、しばしばあります。「何故できたのか」が明らかになれば、本質が浮き彫りになり、さらに新しい発展にもつながります。人の論文を読んで「なるほど!」と思った時も、深く理解すれば、同じことが起こり得ます。

歴史的にも、長いこと誰も解決できなかった難問を誰かが解決した直後に、より簡単で自然な解法が次々に発見されたという例は、枚挙にいとまがありません。そして多くの新しい発展が、必ずそこから生まれています。個人レベルであれ社会レベルであれ、また科学技術であれ、それ以外であれ、これはすべての進歩に共通します。

難しい問題を自分の力で解ければベストですが、「5」~「7」はいずれにしても必要な検討です。自分で出来なかった場合でも、最後には実質的に(自分で問題を解いた場合と)同等の理解度に達することを目標としましょう。自分が「何故できなかったのか」、言い換えると「どこが不自然だったのか」が、ここで分かります。失敗体験は、次の成功体験に結びつける努力を伴ってこそ、はじめて自分の可能性を拡げてくれます。

学業に限らず、人生における問題解決の能力は、自分の力で解決した問題の数に、正確に比例します。自分にとって、自分は最良の教師です。







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